「この本を書いたのは1つの疑問がきっかけだった。ここ数年、私はずっと不思議に思っていたのだ。ツイッターやピンタレスト、フェイスブック、携帯メールなどを介して人間同士の関わりはかつてないほど濃密になったのに、なぜ人と政府との関わりは希薄になったのかと。」
こう語るのは、「未来政府」の著者にして、起業家 兼 カリフォルニア州副知事であるギャビン・ニューサム。
ワイン関連事業で成功した後、2004年から36歳の若さでサンフランシスコの市長を務め、同性愛カップルに結婚証明書を発行したことや、市のホームレスを激減させたこと等が話題になりました。
いまはカリフォルニア州副知事ですが、2018年の州知事選挙への立候補をすでに表明しています。
2018年11月6日の州知事選挙で当選し、知事に就任しました。有言実行!
もくじ
■未来政府―プラットフォーム民主主義(原題:Citizenville)
この「未来政府」は、ギャビンが自身の政治家としての経験や、1年半かけて全米をまわって起業家、政治家、メディア関係者、研究者などと対話を重ねていく中で考えた未来の政府や民主主義のあり方についてまとめた本です。
アメリカで出版されたのは実は2013年で、日本語版が出たのが2016年ということで、少し時間が経ってしまっていますが、それでも十分に勉強になる内容でした。
冒頭で紹介したギャビンの言葉にあるように、私たちと政治・行政の関わりは年々希薄になっている、と感じる方は多いと思います。その原因のひとつについて、ギャビンはこう記しています。
現在の政府は1973年だったら最先端だっただろうと思える機能しか備えていない。民間セクターや個人の生活は、ここ10年ほどの間にあらゆる点で変化した。ところが政府はほとんど何も変わっていないのだ。
これは日本にも言えることではないでしょうか。
そういえば最近、一部の日本年金機構の事務所では ファイルを「いろは順」で整理している ということが話題になりましたね。その他の部分でも、政治・行政の役割や仕事の進め方は、ここ数十年変わってないところが多そうです。
一見、最新のテクノロジーを取り入れているように見えて、実際には表面的にしかそのテクノロジーを活用できてない場合も多く見られます。
例えば、日本でも2013年にネット選挙が解禁されましたが、政治家のSNS利用について、ギャビンはこのように述べています。
政治家は好んでSNSを使う。だがそれは、ひとえに人々を選挙運動に巻き込み、財布のひもを緩めさせるためだ。私たち政治家は見栄えのいいウェブサイトを立ちあげる。盛んにツイートし、携帯メールを送る。ウェブ上で市民集会を開催する。ところがひとたび当選すると、それらすべてに背を向け、立ち去ってしまうのだ。そして次の選挙シーズンが巡ってくるまでは戻ってこない。これでは有権者が疎外感を覚えるのも無理はない。
日本でもこういう政治家は多そうです。
(日本では、そもそもSNSを使ってない政治家もまだまだ多いですが…)
■市民と政府のつながりを取り戻すための5つの解決法
ギャビンは、本書の執筆に際し様々な分野の人々と対話を重ねてきましたが、その中で以下の5つの共通するテーマが繰り返し語られたそうです。
1.政府は完全な透明性を持たなければならない。
データの公開、規格化
2.そうしたデータを活用して有用なアプリやデバイスやツールを創るよう。人々に推奨しなければならない。
人々が開発し、共有し、それで金を稼ぐことができるようにする
3.人々をそれぞれが望むやり方で政治参加させなければならない。
ゲームやSNSが人々の関心をとらえるなら、それを政府のコミュニケーションにも取り入れていくべき
4.人々が政府を通さず事を運ぶことを認める必要がある。
市民が自ら課題に取り組むことを推奨
5.より創造的・起業家的な思考様式を政府に植え付けなければならない。
テクノロジーの発達により、起業家的な政府が実現可能に
本書では、上記を実現している自治体や人々の事例が豊富に紹介されています。
■22歳で市のCIOに就任したダスティン・ハイスラー
例えば、第6章「民主主義のためのゲーム」では、若干22歳でメイナー市のCIOに就任したダスティン・ハイスラーが取り上げられています(2009年当時)。
ダスティンは、「政治への参加を面白い体験、楽しめる体験にしたい」という考えから、「メイナー・ラボ」という事業を開始します。これは、市の問題に対する解決策のアイデアを市民から募集し、提案した人に地域通貨を支払う、というものです。
そのアイデアが採用されれば、さらに多くの地域通貨が手に入り、誰がどんな提案をして今どのくらいの地域通貨を持っているかはネットで公開されます。この地域通貨を使って、地元の商店での買い物などもできますが、パトカーへ体験乗車や「一日市長」になったりもできるそうです。
シンプルですが、市民の参加と市の課題の解決までの全ての過程がオープンになっている面白い取り組みだと思いました。実際、参加する人はすごく多かったそうです。
ちなみに調べてみたところ、ダスティン・ハイスラーは現在、e.Republicという行政と教育に関するメディア&リサーチ会社のCIOを務めているとのことでした。
■「失敗は名誉の印」
著者のギャビンがシリコンバレーのあるカリフォルニア州の副知事らしい、起業家的な政治家だということを感じるのは、その失敗に対する許容度の高さです。
ギャビンはディスレクシア(難読症)で、学校では失敗ばかりしていた子どもだったといいます。しかし「非伝統的な視点から問題を解決する才能を、ディスレクシアから授かった」と、その経験を肯定的に捉えています。
経営者時代は、「失敗アワード」という賞をつくり、月に一度、従業員が提案した最も素晴らしい(しかし失敗した)アイデアを表彰していたそうです。
もちろん政治・行政分野では、民間と比べて簡単に失敗できない部分は多いですが、トップや上司がこういう考えを持っていたら、その自治体の職員さんはチャレンジがしやすそうですよね。
■日本でも進む「ガバメント2.0」
本書で語られているような施策は、すでにいくつか日本でも始まっています。詳しくは本書の「監訳者あとがき」で書かれていますが、例えば以前このブログで取り上げた「RESAS(リーサス)」も、データの公開・活用の事例と言えるでしょう。
今回読んだこの「未来政府」、具体的な事例が多く、ワクワクするビジョナリーな本でした。民主主義の未来について考えたい行政・政治関係者はもちろん、IT関係の方や起業家にもおすすめです。
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