「あなたは世界のことを知らなさすぎる」と言われたら、ほとんどの方は驚くのではないでしょうか。「細かな数値は覚えていなくても、学校で習うような基本的なことはちゃんと分かるし、日々ニュースだってチェックしている」……と。
しかし、書籍「FACTFULNESS(ファクトフルネス)」を読むと、自分の世界についての見方は古く、偏っているものだということを痛感するはずです。
「ファクトフルネス」は、データや事実にもとづき、世界を読み解く習慣・スキルのこと。本書では、「ファクトフルネス」を身につける方法を解説しています。
世界で100万部のベストセラーになっており、ビル・ゲイツやオバマ前大統領も絶賛している話題の本で、今月に日本語版が出版されました。
この本を書いたハンス・ロスリング教授は、医師であり公衆衛生学者。テレビなどでも紹介されたこのプレゼン動画で有名な方です。以前に当ブログでもご紹介しました。
ハンス教授は、本書で次のように語っています。
たとえば、カーナビは正しい地図情報をもとにつくられていて当たり前だ。ナビの情報が間違っていたら、目的地にたどり着けるはずがない。
同じように、間違った知識を持った政治家や政策立案者が世界の問題を解決できるはずがない。
世界を逆さまにとらえている経営者に、正しい経営判断ができるはずがない。
世界のことを何も知らない人たちが、世界のどの問題を心配すべきかに気づけるはずがない。
ハンス教授は、この私たちの「世界についての知識不足」という課題に人生をかけて取り組み、息子夫婦と本書を執筆中に残念ながら癌で亡くなりました。
私は、先ほど紹介したハンス・ロスリング教授のプレゼン動画を見て感銘を受け、当ブログで紹介し、2014年にハンス教授が来日された時には講演を聞きに行ったことがあります。その時のブログはこちら。
ハンス教授のプレゼンのファンとして、また日本語版の翻訳者が尊敬する友人である上杉周作さんということで、今回の出版をとても楽しみにしていました(関美和さんとの共訳)。
本が出版されたら、がっつり内容を紹介したい!と考えていたのですが、すでに素晴らしい書評を書いてくださっている方がたくさんいるので、私は1児の親としての個人的な感想を中心に書いていきたいと思います。
上杉さんが皆さんの書評をまとめているので、こちらもぜひ。
『FACTFULNESS (ファクトフルネス)』書評のまとめ
もくじ
「事実に基づく世界の見方」をするために
本書は冒頭に、世界の人口や教育、貧困、環境などに関する12問のシンプルなクイズが出てきます(実際には13問ですが、最後の1問は多くの人が正解する問題とのこと)。
「世界の平均寿命は何歳でしょう?」のような、特に難しい計算などもない3択の選択問題なのですが、平均正答数はなんと12問中2問。ランダムに回答しても4問は正解するはずですが、様々な国の様々な分野で活躍する方々も似たような結果だったそうです。
この質問はKindleのサンプル部分にも載っていますので、購入しなくても読むことができます。皆さんもぜひ試してみてください。
『ファクトフルネス』チンパンジークイズ
さらに「日本の事実」版のクイズも!こっちの方が難しかったです……。
『ファクトフルネス』風?日本の事実が学べるニホンザルクイズ
どうしてこのような結果になるのでしょうか?著者のハンス教授は、私たちの脳に組み込まれている本能が、間違ったものの見方を生んでしまっていると指摘しています。本書では、その本能を以下の10種類に分類し、世界のデータの実例とハンス教授の経験を交えながら解説していきます。
第1章 分断本能
「世界は分断されている」という思い込み
第2章 ネガティブ本能
「世界はどんどん悪くなっている」という思い込み
第3章 直線本能
「世界の人口はひたすら増え続ける」という思い込み
第4章 恐怖本能
危険でないことを、恐ろしいと考えてしまう思い込み
第5章 過大視本能
「目の前の数字がいちばん重要だ」という思い込み
第6章 パターン化本能
「ひとつの例がすべてに当てはまる」という思い込み
第7章 宿命本能
「すべてはあらかじめ決まっている」という思い込み
第8章 単純化本能
「世界はひとつの切り口で理解できる」という思い込み
第9章 犯人捜し本能
「誰かを責めれば物事は解決する」という思い込み
第 10章 焦り本能
「いますぐ手を打たないと大変なことになる」という思い込み
子どもを育てる親に、「ファクトフルネス」が必要な理由
本書は全ての方に読んでいただきたいのですが、特に私と同じような、子育て中の方におすすめだと感じました。これから子どもが生きていく世界がどうなるかをなるべく正しく認識しないと、子どもの将来に関する意思決定が間違った方向にいってしまうからです。
例えばこちらは、本書に出てくる世界の所得ごとの人口分布の図です。
レベル1は、1日2ドル以下で暮らす人たち。現在およそ10億人。
レベル2は、1日2〜8ドル以下で暮らす人たち。現在およそ30億人。
レベル3は、1日8ドル〜32ドル以下で暮らす人たち。現在およそ20億人。
レベル4は、1日32ドル以上で暮らす人たち。現在およそ10億人。
いま、レベル4は西洋諸国が60%、その他の国が40%で構成されていますが、2040年にはこの割合が逆転するという図です。
また、この図を見ると人口のボリュームゾーンがレベル2からレベル3に移ってきているのが分かります。
私たち日本人は、ほとんどがレベル4に含まれます。世界全体が豊かになる中で、すでに豊かな私たちの暮らしはどう変わっていくでしょうか?
また、こちらも本書で紹介されている、世界の年齢別の人口構成の予測データです。30歳以上の人口がどんどん増えていくことが分かります。
これからの世界のかたちの変化を知ることで、子どもが生きていく社会についてのイメージがより鮮明になると思います。
また、親が偏見や直感で間違った判断をすると、子どもに直接的な被害が及ぶ危険性があります。本書では、こどもに予防接種を受けさせないワクチン反対派の親や、化学物質を過度に怖がる「化学物質恐怖症」などが取り上げられていました。
子どもと一緒にウェブ上で「世界旅行」ができる「ドル・ストリート」
子どもと一緒に、世界の人たちがどんな暮らしをしているのかを知る方法として、ハンス教授たちが開発した「ドル・ストリート」というサイトが紹介されています。
教科書やテレビなどでは、例えば民族衣装を着ている人が紹介されていたりと、各国の文化が誇張されていることがあります。このドル・ストリートでは、リアルな世界各地の人々の暮らしの写真や動画を所得別に見ることができます。
国や地域が違っても、同じくらいの所得の人たちは驚くほど似通った生活をしていることが分かり、先入観が払拭されます。
例えばこちらは、ドル・ストリートで「飲料水」を見た時の画面。
こちらが収入が低い家庭の画像です。
こちらが収入が高い家庭。私たちに馴染みがあるのはこっちですね。
どちらにも同じインドの家庭が含まれていますが、その生活は全く違ったものであろうことが伺えます。
人々の暮らしぶりにいちばん大きな影響を与えている要因は宗教でも文化でも国でもなく、収入だということは一目瞭然だ。
本書で以上のように述べられていますが、過去に「一億総中流社会」でみんな似たような生活をしていた私たちも、この言葉の意味が実感できる社会に移行しつつあるのかもしれません。
ドル・ストリートを解説した動画もとても面白いです!
世界を変えながら、家族も大切にしていたハンス・ロスリング教授の生き方
冒頭で紹介した世界に関する12問のクイズ。私も試してみました。結果は、9問正解!
ハンス教授の教えは、ちゃんと私の中に根付いていたようです。全問正解はできませんでしたが……。
ハンス教授は亡くなりましたが、スウェーデンから遠く離れた日本の片隅にいる日本人の私含め、その熱い思いは世界中の様々な国、地域の膨大な数の人々の世界の見方を変え続けていると思います。
本書を読むと、ハンス教授が、医師としても世界中で患者の命を救ってきたのと同時に、研究者としても多くの未知の病気と格闘してきたことが分かります。極度の貧困に生きる人たちから、グローバル企業の経営者まで、あらゆる国、文化、宗教、所得階層の人たちと時間をともにしてきたハンス教授の、情熱に満ちた68年間の生涯のストーリーも垣間見ることができ、胸がいっぱいになりました。
また、これほどの実績を残しながら、家族を大切にし、また家族に愛されていたという一面も伝わってきます。
本書は、ハンス教授と息子のオーラ・ロスリングさんと、その妻のアンナ・ロスリングさんの共著。3人はチームを組んで、本書の執筆だけではなく、長年に渡って世界をよりよい場所にするための活動に取り組んでいました。
8歳〜12歳のお孫さん3人も、原稿の手直しやアイデア出しなどで本の執筆に参加したとのこと。
本書のプロフィールによると、ハンス教授は3人のお子さんのために合計18ヶ月の育休をとったそうです。いまは男性育休が一般的なスウェーデンですが、ハンス教授が子育て中の当時(1970〜80年台)は、そこまでする人はまだまだめずらしかったはず。
仕事で世界をよくしつつ、家族も大切にし、さらに家族を巻き込んで一緒に仕事をしていくという生き方、本当に憧れます。
ハンス教授ほどのことはなかなかできませんが、私も子育てをしながら、自分の持ち場で少しでも世界をよくできるようにがんばろうと思います。
「ファクトフルネス」を身につけて、子どもと一緒に世界の見方をアップデートしていきたい。そして、自分たちはこれからどう生きて、何ができるかを考えていきたいーーそんな前向きな気持ちになれる素晴らしい本でした。
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